社会・文化

『はだしのゲン』学習教材から削除決定に寄せられるさまざまな意見

5団体が撤回を要望する申し入れ

広島市教育委員会が、市立小学校3年生の平和学習教材に引用掲載していた漫画『はだしのゲン』を2023年度から削除することを決めた問題。

『はだしのゲン』といえば、原爆の恐ろしさが伝わるとして世界的にも知られる名作漫画。

削除の発表を受けて、全広島教職員組合や県被団協などの5団体が教育委員会に方針の撤回を要望した。

削除を決めたのは、「漫画の一部では子ども達に被爆の実相が伝わりにくいことや、現代の児童の生活の実態とはかけ離れた当時の文化に対して補足説明が必要で、児童の理解を促すことが困難」という理由で、別の被爆者体験談に差し替えるという。

撤回を申し入れた団体は、「この教材が削除されることは非常に残念だとの声が、全国各地から寄せられている」と話す。

「教材に掲載されているからこそ、全巻を読んでみようという子ども達がいる。

伝わりにくいというなら、教える学年や場面を変えるべきだ」と訴えている。

対する教育委員会は、「『はだしのゲン』の価値を否定するものではなく、限られた時間内で教える教材としては難しい面がある」として、理解を求めた。

『はだしのゲン』を学校現場で残してほしいという声は届いており、「子ども達の手が届くところに置き、いつでも読める環境を作り、子ども達には『はだしのゲン』に接してほしい」とも話し、今後も子ども達には学校の図書室にある『はだしのゲン』を読むよう働きかけていきたいとしている。

また、高校の教材では引き続き『はだしのゲン』を使用し、小学校1年生から高校3年生までの12年間を通して、被爆体験を直接聞いたり、学んだことを伝えたりしながら、「継承と発信」に重点を置く方針だ。

高校の教材では引き続き『はだしのゲン』を使用
高校の教材では引き続き『はだしのゲン』を使用

教材検討会議で出されたさまざまな意見

広島市の全小中学校と高校では、2013年度から“平和教育プログラム”を実施している。

教育委員会が学年に応じて「ひろしま平和ノート」を作成し、教材として使用しているが、小学校3年生向けの教材に『はだしのゲン』が掲載された。

引用されているのは、ゲンが家計を助けるために浪曲を歌って稼ぐ場面や、池の鯉を盗んで栄養不足のため体調を崩してしまった母親に食べさせようとする場面。

家屋の下敷きになったゲンの父親が、ゲンに逃げるよう諭す場面も使用されている。

しかしプログラムが開始された当初から、大学教授や学校長らが教材の改定を検討する会議において、「浪曲は現代の児童の生活実態に合わない」「鯉を盗む行為は、誤解を与える恐れがある」などの意見が出ていたという。

鯉を盗む場面に関しては、「検証会議でゲンの是非は問題にしていないが、鯉を盗んでもよいのかということが問題にされてしまうので、どこから見ても耐え得る教材を作り出さなければならないのではないか」との問題が提起されたという。

また、小学校教諭からは「浪曲の場面は子ども達には理解が難しいので、独自に紙芝居を活用したことがあった」

「児童にとても身近な教材なので思いを表現しやすく、難しい浪曲も教員が補足的に紹介できる。

家族について考えたり、戦争が全部奪ってしまうということを考えたりすることができる」など教育現場での実例を挙げながら、さまざまな意見が出されていた。

広島市教育委員会の高田尚志指導第1課長は、「『はだしのゲン』は市民に広く読まれており、決して作品を否定しているわけではない。

広島市にとって大切な作品だという認識は変わらない」と語るが、「漫画の一部を切り取ったものでは、主人公が置かれた状況などを補足的に説明する必要が生じるため、時間内に学ばせたい内容が伝わらない声があった」と明かす。

それらの意見を踏まえ、2023年度からは『はだしのゲン』の掲載を取りやめ、被爆者の体験を聴き取って構成した教材の使用を決めたと説明した。

被爆者の体験を聴き取って構成した教材の使用を決めたと説明
被爆者の体験を聴き取って構成した教材の使用を決めたと説明

アニメやミュージカル化もされた世界的な名作

『はだしのゲン』は、自ら被爆を体験した故・中沢啓治さんが描いた長編漫画。

主人公の中岡元が、広島に投下された原爆により父、姉、弟を亡くしたが、たくましく生き抜いていく様子を描いている。

1978年から1987年まで、『週刊少年ジャンプ』などで連載され、単行本は愛蔵版なども含めた発行部数は1,000万部以上。

アニメ化やミュージカル化もされ、多数の言語に翻訳もされている。

2007年に行われた核拡散防止条約(NPT)の委員会では、日本政府が英語版を配布した。

2012年には、松江市教育委員会が「模写が過激」」として、『はだしのゲン』を学校図書室の倉庫に移し、閲覧を制限するよう市内の小中学校に要請し、後に撤回するという騒動が起きている。

今回の広島教育委員会の決定にはショックを受けたとの声も多く、波紋を広げている。

作者中沢さんの妻ミサヨさんによると、中沢さんは「原爆の悲惨さをどう描けば子ども達に伝わるのか、面白く読んでもらえるのかということを必死に掘り下げながら、一コマ一コマ描いていた」と話す。

中沢さんは、教材に採用されることが決まったときは非常に喜んでいたという。

「これまで、子どもに親しまれていたので、理解してもらえていると思っていた。

物語で描いているので、全部読んでもらえれば戦争の悲惨さや、なぜ戦争が起きてしまったのかわかってもらえると思う」と話すミサヨさん。

「教育委員会が決めたことだから仕方ない」」と理解を示しつつ、残念そうな様子だった。

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