「二刀流でもっと高くいける」受賞ラッシュの大谷翔平、都内で会見
今シーズン、二刀流として米大リーグで新たな歴史を切り開いたエンゼルスの大谷翔平選手は15日、東京都内の日本記者クラブで記者会見を行った。
今シーズン、メジャー4年目となった大谷は大きな故障もない状態で初めて投打でフル回転の活躍を果たし、右腕の手術からも完全復活したことについて、「必ず投げられるようになると思っていたし、焦りはなかった」と語り、今後に二刀流の継続についても、「ここまで頑張ってやってきたことだし、もっとさらなる高みへいけると信じている」と自信を語った。
大谷はロサンゼルスから今年10月に日本へ帰国し、公の場へ初めての登場となり、グレーのスーツ姿に多くのフラッシュを浴びながら登場すると、最初は緊張した様子だったが徐々に余裕が生まれたのか、質問に対しては大谷らしく丁寧に対応していった。
メジャーデビューした1年目、2018年秋に右ひじを手術後、初となる白星を今年4月に飾った大谷は、べーブルース以来となる二刀流で155試合に出場し、数々の記録を塗り替えていった。
投手としてはチーム最多の9勝を挙げ、防御率は3・18で156の奪三振を奪う活躍を見せては、打者としても最終盤まで本塁打王を争い、惜しくもリーグ3位となる46本塁打を放つなど、打率2割5分7厘、100打点、26盗塁の好成績をあげた。
質問者からは来期には、自身へのマークがさらに厳しくなることが予想され、四球などが増えていくのではないかという質問があり、大谷は「チームの主軸が離脱していたことで今季は四球が増えたが、来季は自分よりも、いい打者が並ぶのでそうはならないし、そうなったとしても今季の経験を活かすことで必ず成績は残る」と述べた。
終盤戦での本塁打王争いで、本塁打数が伸びずに苦しんだ時期についても「もちろん落ち込んだりもしたし、チームが勝てていなかったときなどはさらに精神的に辛く、きつかった。
しかし、毎日そういったことを感じられるのは試合に出られているからこそであり、落ち込むことも含めていい1年だったと思う」と笑顔で語った。
また、古巣である日本ハムの監督を今季限りで退任した栗山英樹氏には大谷の入団当時の監督で、「本当に感謝しかないし、あの時に栗山監督と話し、日本ハムに入団していなかったら、ここにこういう形ではきっといない。
少しゆっくりリラックスした時間を過ごしてほしい」とねぎらった。
その栗山氏には現在、23年開催予定のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に挑む日本代表の監督候補に名前が挙がっている。
WBCへの参加について、「招集されてからの話で、まだ先なのことなのでコンディション含め、自分がそういう立場にいなければないけない」と語った。
今季、米大リーグで前代未聞の活躍をした大谷については米国でも非常に注目度が高く、メジャーでは表彰自体が7年ぶりとなる「コミッショナー特別表彰」に輝くなど受賞ラッシュとなっている。
さらに大谷には18日(日本時間では19日)に発表される記者投票による最優秀選手(MVP)への受賞にも注目が集まっている。
大谷翔平選手の価値
今季、米大リーグで投打において大活躍した大谷選手の価値はどれくらいなのだろうか。
「MLBが付けた日本人選手の値段」の著書でもある名城大の鈴村裕輔准教授がずばり、大谷選手の値段について語った。
年棒の考え方は日本と米国とでは大きな違いがあるという。
それは日本では年棒は「ご褒美」としての意味合いで支払われることがあるが、メジャーではそうではなく、全て今後の活躍度の見込みや期待として支払われることになる。
大谷選手の同僚であるマイク・トラウト外野手(30)は2019年に総額で4億2650万ドル、当時のレートでは約473億円で12年の大型契約とし、米大リーグでは史上最高額となった。
金額だけをみると驚かれる人が多いかもしれませんが、球団はこのトラウト選手が12年間でその金額分に見合った活躍をする見込みがあると計算し、判断したことになります。
大リーグでは本塁打を40本以上売って初めてパワーヒッターとして認められ、大谷選手もその基準をクリアしていることから、これだけでも1年間で10億~15億円を得られる可能性がある。
さらに投手としても9勝を挙げており、投球回も100回、100以上の奪三振を記録していることから、各球団の選抜で3番手以内に入る成績になる。
打者と投手の二つの成績を合わせれば15億~20億円の市場価値になるとみられる。
今年2月に大谷選手はエンゼルスと2年総額で850万ドル、当時レートで8億9000万円での契約を行っているとされるが、大谷の今季の活躍から契約を結び直し、金額を引き上げる可能性があるとしている。
しかし、二刀流の評価が難しいのは、投打で活躍したとしても、体への負担が大きく今後の故障へのリスクから、必ずしもプラスと判断されるということは限らないことだ。