発達障害の3歳長男を浴槽に沈めて殺害した女性に、殺人刑の下限を下回る懲役4年6カ月の判決だった理由

殺人刑の下限を下回る異例の判決

殺人を犯した罪で有罪となった場合、下限は懲役5年。

しかし、長男を殺害した女性に懲役4年6カ月という、下限を下回る異例の判決が下された。

この判決は、2022年12月7日に京都地方裁判所で言い渡されたもの。

事件が起こったのは、2017年11月24日、長男が3歳のときのことだった。

現在39歳の母親は、発達障害を診断されていた長男を浴槽に沈めて殺害。

この母親は当時、長男のほかに4歳の長女と1歳の次女の3人の子どもを育てていた。

多忙な夫は家にいることがほとんどなく、ワンオペ状態で育児をしていた。

女性が結婚したのは、2012年12月。

翌2013年に長女が生まれ、2人目となる長男が誕生したのは2014年11月。

京都府木津川市の集合住宅に住んでいたこの女性は、長男が生後10か月の頃に最初の異変を感じたという。

木津川市の乳児検診を受けたとき、身体の発育や知的障害の確認をされ、呼びかけに反応せず目が合わない長男の様子は、周りで検診を受けている子と比べ「ほかの子と違う」と感じた。

しかし帰宅した夫に伝えると、「気にしすぎ」だと軽く受け流されてしまう。

その頃、女性は朝目覚めても起き上がれず、家事をすることが難しいと感じるようになった。

その反面、日によって突然気分が高揚し、何事も意欲的になることもあり、両極端の状態だったため精神科を受診。

“双極性障害”との診断を受けた。

双極性障害は“躁うつ病”とも呼ばれ、気分の浮き沈みが激しい症状が出る。

病院からは薬が処方されたが、子育て中のため母乳に影響が出ることを恐れて飲まなかったという。

夫や両親に理解されず、孤独の中で子育てをしてきた女性。
夫や両親に理解されず、孤独の中で子育てをしてきた女性。

長男の発達障害と母親の病気

躁うつ病を抱えながらも、女性は必死に子育てを頑張った。

長男の様子が気にかかり、早く対策を取ろうとインターネットで発達障害について調べ、刺激を与えて発達を促したい一心で1歳4カ月から保育園に預けた。

しかし、保育園に送迎すると泣いたり笑ったりしているほかの子ども達と、笑顔も涙もない長男の様子をまたしても比べてしまい、不安になる。

両親に相談すると、「そんな話は何度も聞きたくない」と言われ、大きな孤独感を味わっていた。

その後、長男が2歳になる頃に3人目となる次女が誕生。

子どもの誕生は嬉しいが、子育てはさらに大変になり、経済的にも苦しさが増してしまった女性。

簡単な指示も理解できず、言葉も表情もない長男の気持ちが理解できず、躁うつ病の症状にも悩まされる毎日が続いた。

そんな中、保健師と相談し、2歳9カ月になった長男は発達検査を受け、「軽〜中度の発達の遅れ。自閉スペクトラム症の疑い」と診断された。

発達障害の一種である自閉スペクトラム症は、自分の気持ちを伝えたり相手の気持ちを読み取ったりすることが苦手で、人と目を合わせることや微笑み返すことが難しい。

障害児向けの療養施設に通うことが決まり、状況はよくなったかのように見えたが、長男に障害があることを受け入れようとするとどうしても悲観してしまった女性は、犯行当日の朝、あるネットニュースを目にする。

ネットニュースをきっかけに、自ら終わらせる決断へ。
ネットニュースをきっかけに、自ら終わらせる決断へ。

きっかけはネットニュース

スマホで何気なくニュースを見ていた女性は、心臓疾患のため移植手術を受けなければ生きられない子どものニュースに目が留まった。

そのとき女性は、「(長男も)重い病気であれば、亡くなって悩みから解放される」と考えてしまったのだ。

“死”“終わり”という言葉が頭に浮かび、ボーっとした状態になった女性は、「この子の人生を終わらせよう」と決意し、浴槽にお湯をためた。

一度は思いとどまり栓を抜いたが、再びお湯を入れ、寝ていた長男を運んで浴槽に沈めてしまう。

長男が途中で目を覚まして動き出しても、約5分間無表情で押さえ続けた女性は、長男が動かなくなった後で119番通報した。

救急車のサイレンが聞こえてくると我に返り、「これからどうなるのだろう?」と不安を感じたが、救急隊員には「子どもが溺れた」と伝え、殺害したことを打ち明けることはできなかった。

翌日、夫に長男の殺害を告白したが、動揺した夫と話し合い、残された2人の娘のために自首しないことを決めた。

その後夫と離婚した女性は、親族の協力を得ながら2人の娘との生活を続けた。

しかし、長男を殺害した後悔や苦しみが消えることはなく、事件から3年半が経過するまでに妹や知人に犯行を打ち明けた。

そして、犯行から4年が経過した2021年11月22日、知人の通報によって殺害容疑で逮捕された女性は、知人を恨みつつも、「正直ほっとした」という気持ちもあったという。

殺害後も長男を殺害した後悔や苦しみが消えることはなかった。
殺害後も長男を殺害した後悔や苦しみが消えることはなかった。

悲劇を繰り返さないために

公判では、検察側から「身勝手にも長男に『かわいそう』とのレッテルを貼り、育児や悩みから解放されたいがために命を奪った」と、懲役8年を求刑された。

一方、弁護側は「さまざまな工夫や努力をしたが、不安や焦りを募らせてしまった。

障害を抱える人が生きづらい世の中で、『身勝手』というのは事件の一面しか見ていない」と反論し、執行猶予が妥当だと主張。

裁判長は「長男の養育に疲弊し、将来を悲観して追い詰められた」と情状酌量し、4年6カ月の実刑判決が下された。

裁判長は「犯行動機に酌むべき点はない」としながらも、「服役中は、長男がどんな気持ちだったのかを客観的に想像し、内省を深めてください」と女性に語りかけた。

涙を流しながらしっかりとうなずいた女性は控訴をせず、判決は確定。

どんな事情があったにせよ、我が子を殺害するようなことがあってはならないが、世の中にはこの女性のように子育てに苦しんでいる人は多い。

そのためのいろいろな支援やサービスはあるが、情報が届いていない人もいる。

経済面などさまざまな事情で利用できないという人もいるだろう。

しかし、このような悲劇を繰り返さないために、行政や子育てをしている親の周囲の人々は何ができるのか、見直しが求められているのではないだろうか。

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