水道橋博士議員、深刻なうつ病を発症し、議員休職
水道橋議員の休職について山本代表が会見で発表
れいわ新選組の水道橋博士参議院議員が、うつ病と診断されたため議員を休職することが発表された。
れいわ新選組の山本太郎代表が11月1日に不定例記者会見を開き、明らかにしたもの。
「年内の復帰は難しい」と診断された水道橋議員は議員辞職を検討したが、医師から「今の時点では判断しない方がよい」とアドバイスを受け、休職して様子を見ることになったという。
水道橋議員は現在、自宅で療養中とのこと。
今後、参院に欠席届を提出するとしている。
水道橋議員は10月27日に行われた参院内閣委員会と28日の本会議を欠席し、11月1日に行われた内閣委員会で質問に立つ予定だったが、それも欠席した。
10月21日に水道橋議員から電話で深刻なうつ状態であるとの報告を受けた山本代表は、24日以降の予定は白紙にし、休職をすすめた。
山本代表は「5月に選挙に出ることを決めてから怒涛の選挙戦に突入し、当選。
その後も最近まで休むことなく激務をこなしていた」と水道橋議員の様子について説明。
「60歳を超えて転職し、国会論戦に挑む大きなプレッシャーもあったと思うので、心身に負担がかかっていたのではないか」と気遣った。
水道橋議員が連日更新していた公式ブログの更新は、10月20日が最後。
Twitterも、山本代表に電話をかけたという21日に更新したのが最後。
21日は、「代表、優しいわ。感謝。」とツイートしていた。
山本代表は「国会議員がうつ病で休職することに、おそらくご批判の声が出てくるかもしれない」とした上で、
「私は意義のある決断だと思っている。
この国には過労や仕事を原因とした精神疾患があり、自ら命を絶つ人が多く存在している。
国会議員が病気について開示して休むことで、苦しまれている方々に対しても希望を与えるものではないか」と自身の考えを語った。
さらに、「立ち止まるきっかけになればいい。命より大切な仕事はない」と話し、インターネット等の誹謗中傷や、過剰な報道がないよう理解を求めた。

過剰な報道やSNSでの誹謗中傷がないよう理解を求める山本代表
山本代表は、会見が行われた11月1日にはブログも更新し、水道橋議員の休職について改めて説明した。
『水道橋博士の休職について』と題されたブログで、「驚かれた方も多いと思いますが、経緯を説明します」と書き出し、会見で説明した経緯を文章でも詳しく記した。
そして、「気づけなかったことに対して申し訳なく思っている」と心情を吐露。
「しかしありがたいことに、心身の限界を感じた博士は私に正直に話してくれました」と水道橋議員に感謝。
今後については病状次第だとし、「確定的なことを言える状態ではない」と明かした。
さらに、「命より大切な仕事なんてありません」と会見と同じ考えをブログでも主張。
心と身体を壊してまで成し遂げることはこの世に存在しないとも断言した。
そして、「『休むなんてありえない』と言っている人も、数年後には自身がうつ病に苦しんでいるかもしれません。
脆い人間だからこそ、こうして休むことが必要なんです」などと呼びかけた。
「心ない報道やSNSでの誹謗中傷が発生することは容易に想像がつきます」と綴った上で、「ドクターストップがかかっているうつ病の人間に対して、心ない報道や誹謗中傷は人の命を奪う可能性のある攻撃になりえます」と、やや強い言葉で訴えた。
SNSの書き込みは常時チェックを行い、行き過ぎた書き込みがあれば専門家に依頼し、情報開示を求めることを名言。
また、行き過ぎた報道に関しても、毅然と対応することも宣言した。
最後は、「(水道橋議員の休職が)きっかけとなり、つらい時につらいと言える社会や、お互いの弱みを見せ合って支え合える社会、休みやすい社会を作っていけるよう私たちが尽力します」と結んだ。

多彩な才能を発揮し、芸能界でいち早くブログを開始
たけし軍団のお笑いコンビ“浅草キッド”のツッコミ担当である水道橋議員は、1962年8月18日生まれで、出身地は岡山県倉敷市。
高校3年生の時にラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を聞き、ビートたけしの大ファンとなり、たけしの母校である明治大学経営学部に入学。
しかし大学には馴染めず、わずか4日通っただけで中退。
その後、1986年にビートたけし氏の元に入門し、芸能界デビュー。
以降はお笑いタレントや漫才師の他、著作家やコメンテーターとしても幅広く活躍していた。
特に、『週刊文春』の連載『藝人春秋』において高い取材力や文章力を発揮したことでも知られる。
まだインターネットがあまり普及していなかった1997年には、芸能界の中でもいち早く公式サイト『浅草キッドのKid Return』を開設。
公式サイトの中でブログ『博士の悪童日記』を始め、25年以上毎日書き続けている。
2022年7月の参院選にれいわ新選組から立候補し、初当選。
たけし軍団出身のタレントでは、東国原英夫氏以来2人目となる当選者となった。
水道橋議員は2018年にもうつ病を発症し、芸能活動を休業したことがある。
毎日更新していたブログも、入院時だけは更新できなかった。
最近は、YouTubeでも活動記録を公開していた。
容体が気にかかるが、休養後に活動を再開する日を待とう。
